ITmediaさんからの引用
「オリジナルを作っているつもりでも、所詮コピーだ」「コンテンツという言葉がそもそもおかしい。時代に振り回されるな」――富野由悠季さんが歯に衣着せぬプロ論を、クリエイターに投げかけた。
富野語録
富野由悠季さん(「機動戦士ガンダム」の監督)のトークショーでのお話です。第一線で仕事をしたことがある人の考え方ですので、これは、勉強になりそうです。
CGは使わない方がいい?
CGを使った作品が多いが、同じソフト使ってたら独自の物は作れるわけないと思う。
これはどうでしょうね。能力ある作り手であれば、道具は関係ないような気もします。ただ、宮崎駿さんの『崖の上のポニョ』では、手描きに戻したという話もあるので、たしかに現状のCGソフトでは手描きの質には劣るのかもしれません。
CGソフトの技術が、手描きの再現性に近付けば解決するのか、そもそも、CGソフトと言うものが、独自性を吸収してしまうものなのか、どうなのでしょう。
CGで足りる仕事であればCGを使えばいいし、手描きでしか表現できないのなら手描きにすればいいような気もしますが、それではダメなのかしら。根本的に、作るのは頭の中でのことだから、CGソフトと独自性って、あまり関係がないように思います。
プロとは?
プロクリエイターになるにはどうするか。プロで重要なことは金もうけできるかどうか。食えないとしょうがないんだから。食えてなんぼ。
それはもうその通りだと思います。ただ、金儲けできている作品が、必ずしも良い作品ではなかったりします。「それじゃあ、儲かりゃあ何でもいいのかよ」という反発も考えられます。
何しろ、世の中「儲かりゃあ何でもいい」で進んできて、いま金融破綻が起きているわけだし、もう少し新しいアプローチを聞けると嬉しいんですけどね。
独自性
食えるための方法は、時代に振り回されたらダメですよ。左右のブースと似たようなことをやっちゃだめ。「自分のは独自性があります」と言うかもしれないが、お前程度の価値基準で独自性があると思っちゃダメなんだよ。所詮(しょせん)それはコピー。だってCGでアニメやってるんだろ。
独自性がないのは、その作り手の未熟さであって、やはりCG(道具)は、あまり関係ない感じがします。手描きで成功するタイプの人、CGで成功するタイプの人、それは人それぞれじゃないかしら。
それと、若いうち(未熟な段階)は、真似から入るのは、けっこう自然なことだと思います。いろいろな作品から影響をうけて、模索し、やがて自分の作品として紡ぎ出していくものではないでしょうか。
誰からの影響もなく、自分の中から生み出せるなんてのは「幻想」という感じがします。ひとっ飛びに、最初から自分の好きなようにだけ描いている人の方がニーズを理解できていなかったり、進歩しなかったりする可能性が高いのではないかしら。
コツコツが大切
今はみんなアニメを知っていて、みんなやってる。1万人の中で1等賞になるのは大変。1等賞ならこうやって(私のように)生き延びられますが、みなさんがたは基本的に生き延びられないところで仕事している。そりゃ大変でしょうね。まわりの1万人をぶっ倒す。それぐらい力のある、それこそ"コンテンツ"を作るにはどうしたらいいかというと、いやぁ、コツコツやるしかないですよ。それだけ。おしまいです。
これは、本当にそう思います。コツコツやることの価値(重要性)を、若い頃もっと理解できていればと、今になって強く思います。
さらに思うのは、コツコツってけっこう難しいものです。当然、間違った方向にコツコツと進めてしまうこともあるんですよね。水泳の選手と、陸上の選手では、鍛える筋肉も違うでしょうから、余計な作業を増やして、うまくいかずモチベーションが下がるなんてことも往々にしてありそうです。
そういう意味では、成功した人のこういうお話が伺える機会というのは、ありがたいですね。道を間違えないで済む可能性が高まります。
睡眠時間
5時間寝たら寝過ぎという体になっちゃっていました。それくらい働いていたというだけ。基本的に体力勝負なんです。
それだけ一心不乱に取り組む必要がある。そういう心構えが大切であるという意味でおっしゃっているのであれば、賛成です。ただ、精神論的な意味でおっしゃっているのであれば、ちょっと違和感を覚えます。
昔の「運動しているときは、水飲むな!」という考え方は、今では完全に否定されています。寝なきゃいいってものではない。今のところ、6時間睡眠が良いと言われています。いい仕事を期待するのであれば、適切な睡眠、適度な運動、良質な食事を心掛けるようにお話した方が良いような気がします。
11、12歳までがポイント
そこでもう1つ重要なモーメントは、他人のコピーになってしまうかどうかは、その人が本性的にもってる指向性や方向性に合致しているかしていないかです。 11、12歳ぐらいまでにあなたが好きだったものにこだわれ、ということです。その延長線上にあるものと今やってる仕事がフィットするとかなりいい所に行くだろうと言えます。
理由はないけれど、たしかにそんな感じがします。
「ちょっと好き」は認めません
でもこんなことを小学校の5、6年から中1、中2の時にやってて、そりゃ高校受験にも落ちるよね、というぐらいやってたらしいです。好きってのはそういうものなんです。「ちょっと好き」は認めません。
そうですね。「好き」をコツコツ積み重ねて来た人には、かなわないものなぁ。
デジタル画像で作る物語とは?
客が見たがってるのは何なんだろうかというとき、知った風なモブシーン(群衆が登場するシーン)も、爆発シーンも、人間が飛ばされるようなのも見飽きてるでしょ。見飽きてるのになんでやるの?それ以上のことを思いつくクリエイターがいないだけの話です。だからそれをやればいいだけです。だからといって死体ギンギンの映画がいいのか? それが生々しいということではないんですよ。物語ですから。映画ですから。デジタル画像で作る物語というのはどういうものか、改めて自分の中で反問していただきたい。
たしかに昨今、例えば「リアリティ」というと、描画などの緻密さばかり言われがちですが、「それほど気にする箇所なのかな」と感じます。ゲーム業界なんかもそうじゃないかしら。3DCGで映像が綺麗で、動きもスムーズなんだけれど、ゲーム自体はまったくおもしろくなかったりします。
人間(見る側)が脳内補完してくれるところまで、作り込む必要はないように思います。それこそ、「へー綺麗だね」で1度見れば十分みたいな作品になってしまうのではないかしら。お菓子のパッケージばかり美しくても、中のお菓子がおいしくなきゃ意味ないと思うよ。
しかし、物語って、書きたいから自然に生まれてくるものだけれど、改めて考えを練りこむのは難しい作業ですね。どうやって、物語をキンキンに鍛えていけばいいんだろう。
お前程度の技能や能力
チームワークやスタジオワークは決定的に重要です。こういう所に集まって仕事しようとしている人たちはほとんど我が強いんです。隣の人の言うことは絶対聞きたくないという人がほとんど。だからダメなんです。お前程度の技能や能力でメジャーになれると思うな、なんです。
ほんと、私は技術も能力もないものなぁ。たしかに能力のある人たちと協力体制に入れたらいいけれど、それにはやはり、個人として研鑽し、それなり能力を高めないと、誰からも相手にされんよね。
若い頃から、一緒に成長できるような仲間がいたなら、それは素晴らしいことだよ。
一番の宝
めでたさを自分のために手に入れるにはどうすればいいか。宮崎駿さんがある講演会で言っていた、同じことを言わせてもらいます。「自分が手の届く範囲のことを一生懸命やることが一番の宝だ」というのは本当だと思います。年寄りの忠告になるんですけど、それを信じてやってほしい。どういうことかというと、男の人に特に言うが、エロサイト見てる暇あったら自分の技量を磨け。
そう、今出来ることを一所懸命やるしかないよね。たしかに今はヘッポコで、「まだこんなことしか出来ないよ」と思うけれど、手の届かないことをやろうとしても、それは無謀でしかないものね。
たしかに、エロサイトを見ている場合じゃない。
SF好きのヤツ
なぜか。中学ぐらいではっきり分かったんです。SF好きのヤツは物語を作ることを知らない。演劇というものに興味を持ってないだけに、人を動かして劇を作っていくという一番根本的な作業を知らないのではないかな、ということに気がついたんです。
ガンダムがどうして評価されたかと言えば、単なるロボットのドンパチじゃなくて、人間ドラマが描かれているからだものな。
SF好きの人にあったことがないので分からないのだけれど、SF好きの人は物語を作るのがヘタなんですかね?それはよく分からないけれど、演劇はたしかに素晴らしい。最高峰だと思うよ。
単一思考は危険
そういうところにクリエイティブな作業があるんじゃないかというときに、単一思考が一番危険なんじゃないかと思います。ここにいるみなさん方の立場は単一なんです。そこに違うものを入れていくということを、かなり恣意的にやらないといけない。
そうですね、自分の思い込みに飲み込まれて、コツコツがずれた方向に進まないように、より多くの良質な作品を浴び、より良い仲間に出会えるようにしておくと、成功しやすいように思います。
志を高く持て
そういうことを理解するために、高みも知る必要もあるんだけれど、一番最低限の技術論を知る必要がある。異能のもう1つの別の言い方は、志を高く持てと。自分は今ここにしかいない。残りのリーチをなんとしてもはい上ってみせるという覚悟が必要。覚悟というのは気合いではなく、毎日毎日階段を上っていくという作業でしかない。これが原理原則です。
素晴らしい。
まとめ
まとめます。第1がコミュニケーション、第2が原理原則で考える。原理原則というのは、技術論もそうですし、自分自身の悟性や趣味のあり方、根はどこにあったのかを原理原則的に考えるということ。子どもの時の自分がどうだったかを反芻(はんすう)するということも含んでいます。その上で重要なのは、オーガナイザー、スタジオワークです。経営者、出資者の問題や、その人たちがアーティスティックな作業にどう対応するかということにもお気をつけいただきたいなということです。今回の金融危機でも分かる通り、必ずしも流行のものが正義ではないということです。
興味深いお話でした。さすがに一流の作品を作った人の話は違いますね。ちょっと、子供の頃のことを思い起こして、考えてみようと思います。
こんにちは!
おおガンダムの監督さんだったのですね。この方。
機動戦士ガンダムのオープニング歌えるよ!
ちょっと話がずれるかもしれないけど、フォトショで何か画像を作るとして、
その画像の効果の出し方が、どこかのサイトで見たチュートリアルそのままだったとしたら
確かに独自性がない、と言われても仕方ないかもしれないですね。
(というか自分がそうなんですけれどもww)
うーんでも、彼が言ってるのはそういう事ではないのかな?
元々用意されてるレイヤーの描画モードなどは、
「こういう効果が出る」というルールがあるからこそ
頭の中で作っておいたイメージをどう画像に組み立てていくか、のイメージが沸くし、
そのルールを使用して画像を作っていくわけだから、全部自分でやった、とは
確かにいえない・・・
ソフトの力を借りてるって事になるからなあ。
ソフトで作った画像を一から手書きでやったなら、
各個人の個性ってのはきっと嫌でも出ますよね。
うーん
なんかゲームの事とか、いろいろ言いたいんだけど
まとまらなかったorz
また書きにくるよー
ひろこさん、こんにちは。
オープニングソングかぁ、私はところどころ怪しいなぁ。
「萌えあがれ~♪」ってやつよね。どうだろうか、忘れているな。
例えば、ひろこさんが描いたネコの絵は、独自性があるよね。
シンプルだから、真似しようと思えばできないことはないけれど、
世界観であったり、絶妙なタッチや表現が秀逸だから、
似たようなものは描けても、超えることはできないと思うんだ。
それが、独自性だと思うのね。
さらに、ひろこさんが時折チュートリアルで、
写真を加工したりするのは、たしかに独自性はないけれど、
それは、技術の向上のために行っていることであろうと思うのです。
別にそれが悪いなんてことはないはずです。
おそらく、富野さんは、
「発表の場にチュートリアルで作ったようなレベルのものを、持ってくるなよ」、
「もっと自分の力だけで描け」
とおっしゃりたいのだとは思うけれど、
そういう言い方はちょっと違うかな~と感じました。
「この絵、おもろない」
とだけ言うなら分かるんだけれど、
CGソフトに原因を転嫁するのは違うのではないかしら。
問題なのは、CGソフトの枠を超えられなかった能力なのではないかと、
思うのですよ。
どんな道具を使ってもいい。
おもしろいものを作れば、それでいいと思う。私はね。
なるほどなるほど。
うん、練習としてのチュートリアルの実践はいいんだけど
それで満足したらダメって事なんですね。
応用すればもっと別の効果が出るかもしれない、
もっともっと、とやっていけば、それが「独自」ってやつに
なったりするのかもなあ。
そういや、この前、フォトショのチュートリアルを見て回っていたのですが、
宇宙船から光線が出て、地上にドカーンしてる画像があって
これはすごいなーと思ってチュートリアルを見たらすごかったんです。
宇宙船は、普通の車の画像の一部を使って作られてたし、
宇宙船の窓はレストランの窓が切り取られて使われてた。
その発想に、思わず声出して笑っちまったですよ。
そんな身近なものでこんな非日常なものを作るなんて、と
驚いたよー。
それすらも無個性とぶった切ってしまうのは、
ちょっと悲しいなあ。
ソフトが悪いんじゃないですね。仰るとおりだと思います。
手書きだからって、独自性が無条件で付いてくるというわけでもないと思うしなあ。
そうだゲームの話なんだけど、すごいCGのクオリティでも
ゲームは話ありきですよね。
話がつまんないとゲームは評価されないと自分は信じたいのですが、
最近PS3とか液晶テレビだとか、なんか画像ありきな感じがちょっと悲しいな。
って、液晶テレビもPS3も持ってない自分が吠えてみるよ。
ギャーオ
うん。道具が問題なのではなく、
練り込みが足りないという話をした方が良かったんじゃないかと思います。
そう、手描きにすれば、
無条件に独自性が、もれなく付いてくるわけではないものね。
オリジナリティが高ければ、必ずおもしろいってこともないし。
ゲームは、本当に精密な描写が必要なのかな?という問いに、
Wiiが、ひとつ答えを出したのではないかしら。
ただ、精密な描写が悪いと言うことでもないとも思います。
精密な描写で、尚且つゲーム性が高ければ、それはおもしろいはずです。
コストの面で、難しいのかもしれませんけどね。
ゲームをやらなくなったので、知らないのだけれど吠えてみた。
にゃー。